なぜ「勉強」を続けなければいけないのか

今日は、なぜ、人は大人になっても、
「勉強を続けなければいけないのか」について、考えた。

最近、幹部や社員に、勉強しろ、勉学をつづけろ、と言う。
つくづく、口うるさい親父のようだ。

なぜだろう。
誰だって、勉強はきらい。
おれだって、好きじゃない。
まして、学生の身分じゃあるまいし。

大人になって、多くの楽しみや誘惑があるなかで、
貴重な時間をけずって、勉強をするなんてもったいない。

しかし、人生すべてが刹那、すべてが正念場と考えれば、そうはいっていられない。

明治初期のリーダーは、
「自分が一日怠れば、日本の近代化が一日遅れる」と
気概をもって生きていたという。

そこまで至らなくても、
男に生まれたからには、もちろん女性もキャリアを目指すなら、
この先、人生の半分が仕事である。

常に勉強と、改善を続けて、
自分の価値を意図的に向上し続けなければ、
それを常に続ける人に、名実ともに、いずれ追い抜かれる。

国家も、同じだ。

今年6月、内閣府が、
先進七カ国の若者の意識調査を発表した。

「自分の将来に希望があるか」との設問に、
先進6カ国は、85%以上が「ある」とこたえた。
日本人で「ある」と答えのは、「60%」。

控えめな日本人の賛美を送りたいが、いっぽうで、

『困難に挫ける人もいれば、困難を糧に成長し、挑戦をし続ける人もいる。
そのとき、自分を助けて、自信をもたせてくれるのは、地道に続けた勉学。』

国家も、人も、同じだ。
いかに控えめであろうと、ぬるま湯に、みずから、浸かってはいけない。